1997年6月25日水曜日

北海道紀行2日目

1997年6月25日。

旭川を出発すると、いよいよ最北の地へ列車は進む。隣に座っていた女性も旭川で下車したため横になって仮眠する。車内も減光され、非常灯だけになった。うとうとして、ふと気がついたら列車は停車していた。音威子府である。外は、雨。時間は3時20分であったが空は色がつきはじめていた。さすがに北の朝は早いと感心してしまう。




発車を待たずに再び眠りにつき、5時過ぎに目が覚めた。小雨の降る中サロベツの原野を走っていた。やがて、車内放送とともに南稚内へ到着。わずかな用務客を降ろして稚内へ。いよいよ最北の駅に到着だ。北海道へ行こうと決意して3日後の朝。雨が降るのもまた一興。






とりあえずはバスターミナルへ行って定期観光を申し込む。宗谷岬へ行くにはこれが一番よさそうだ。


どうでもよいが、一般的に地方のバスターミナルは路線網も含めて貧弱に感じてしまう。どうしても世界一(?)のバス会社である西鉄をみなれているせいであろう。福岡へきたことがない方には信じられないかもしれないが、どこへ行ってもバスを見ることが出来るのである。天神や博多の中心部になるともうまさに壮観! 路線バスはもとより周辺都市を結ぶ高速バスと他県を結ぶ長距離バスとが走り回っており、四方どこを見渡してもバスだらけなのである。


予約を済ませて駅へ戻り、駅そばで朝食。東日本の汁は黒いというが、ここ北海道も例外ではなく、黒い。九州生まれの九州育ち、学生時代も大阪ですごした身にはちと違和感があるのは否めない。

さて、バスは約15人の観光客を乗せて出発。一番前に座ったのでガイドのおねえさんと真向かい。ちょっと照れてしまった。宗谷岬・牧場・ノシャップ岬・稚内公園と巡り、昼間でのコースである。



宗谷岬はいわずと知れた雨。気温はなんと14℃。参考までに福岡は33℃であった。 このギャップは激しい(笑)。



ノシャップ岬は雨は止んでいた。しかし、相変わらず寒い。ここへ来る途中に自衛隊(米軍)のアンテナがあるのを私は見逃さなかった(爆笑)。





稚内公園からは稚内を見下ろすことが出来る。土産物屋を徘徊していると、ガイドのおねえさん(といっても年下)に声をかけられた。みると、しまりすがいた。急いでバスに戻ってF1と200mmを準備し、撮影。それにしても、RVPで1/15開放手持ち撮影は疲れる。ぶれないように必死。しかも被写体は予期せぬ機動、もとい、動きをとるので大変。あまり近くに行くと逃げてしまうし。数カット撮影して何とかこの一枚ができた。もう少し近寄りたかったのだが、まあ、よしとしよう。








さて、観光も終了し、駅に戻る。駅前のスーパーで食料を調達し、駅の待合室で食事とする。とうぜんビールも。他人が働いているときに優雅に旅行し、昼間からビールを飲むというのはなんとも心地よい。食後は構内にISDN公衆を発見! 早速メールチェックをして一部の人に宗谷岬などでの写真を配信。正直、ここでグレ電をみかけるとは思わなかった。


札幌行きの急行サロベツが入線し、改札開始。急行礼文の到着を待ってから発車であった。乗車率は約80%。






車中では死んだように眠り、旭川まであっという間であった。途中何度か目が覚めたが、どこを走っているのかもわからない。

しかし、原野を走っていることは確かであった。旭川で特急が先発となり、車内はがらがらになる。本線上を快走し、定刻に札幌到着。

またラーメンを食べて、次の行き先を思案する。釧路湿原をみたかったのでおおぞらかオホーツクだ。朝食の関係もあり、おおぞらに決定。今度は奮発して寝台に乗車。寝台車も久しぶりだ。設備は貧弱なものの2段寝台だし、ビールを飲んで(またか)寝るだけなのでいい感じである。





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